絹の道&夢の旅 7日目

酒泉市 漢代遺跡&酒泉公園

酒泉公園
酒泉公園

漢武帝の元狩2年(紀元前121年)、驃騎将軍霍去病(かくきょへい)が西征において匈奴を撃破し、この地で大勝利を収めました。
その際、漢武帝は自身の御酒を霍去病に賜りましたが、霍去病はその功績を全軍で分かち合うため、酒を泉に注いで将士たちと共に飲みました。この出来事から、この地は「酒泉(しゅせん)」と呼ばれるようになったと伝えられています。清代の石碑である「西漢酒泉勝跡」と「漢酒泉古郡」の碑文が刻まれています。

嘉峪関市 城楼と長城第一トン

嘉峪関城楼
長城第一トン

「天下第一雄関」(てんかだいいちゆうかん)と称され、山谷の最も狭い場所にあります。
この雄大な関所は、城壁が砂漠とゴビ砂漠を横切り、北側で黒山懸壁長城とつながり、南側で「天下第一墩」(長城第一トン)と接続しており、明長城の最西端に位置する関所です。歴史的には「河西咽喉」(かせいいんこう)と呼ばれ、その要害としての地形と壮大な建築から「連陲の鍵」とも評されています。
古代シルクロードの交通要衝であり、中国長城三大奇観の一つ(東の山海関、中の鎮北台、西の嘉峪関)で、体系的な防衛構造を形成しています。

長城第一トン
長城第一トン

長城第一トン(ちょうじょうだいいちとん)
嘉峪関西長城の最南端に位置する墩台(とんだい)で、「討頼河墩(とうらいがとん)」とも呼ばれます。
長城沿線にある建築物の中でも最も壮観で保存状態が良好な古代の軍事関所です。この墩台は、討頼河(とうらいが)の川岸にそびえる高さ60メートル以上の崖の上に建てられ、「天下第一の険墩」と称されるにふさわしい要害です。
嘉峪関城楼と長城第一トンは、壮大な防御システムと歴史的意義を持つ中国の長城文化を象徴する名所です。

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